ニューボダイ その1

先日のdog actuallyでお話したとおり、ボダイの肛門周囲腺腫瘍はその後ホルモン投与によって萎縮の一途を辿ったことから、思惑通りの結果に腫瘍学担当獣医Dr. Rは満面の笑みを浮かべた。

そして次に1年数ヶ月ぶりの心臓の検査を受け、心臓専門医Dr. Fからその現状維持の良さを褒められ、手術へのGOサインを出された。

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「思ってたよりも断然いい」と恩師Dr. F。

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ひっくり返すと心拍が一気に200を超えるから、そんな冒険をしなくていいように立位での心電図と超音波診断。
チビラも興味津々。

これでとうとう障害がなくなったわけだ。

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うれしいのやら、寂しいのやら。
あとは私の気持ちだけが問題だった。

でも、背に腹は代えられない。
腫瘍を取り除いても玉が残っていては再発の恐れがあるし、去勢だけするのもありかも知れないけれど、一旦麻酔をかけるならさっさと同時に済ませた方がいい。

というわけで、心臓も調子がいい今のうちにオペの予約を取った。

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そうとは知らず、オペ当日にただ朝飯を貰えず納得いかないボダイ。

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なのに、今度は診療所に来て「今日は一体何をされるのか」、すでにやな予感でドキドキのボダイ。

診察台の上に持ち上げられついでに用意してあった薬剤をばたつく足でぶっ飛ばし、最後の抵抗を見せていたボダイも、ジアゼパム(筋弛緩薬)の前にはもう、だらりと力なく崩れ落ちるしかなかったのである。

(続く)

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Gruene Woche 2011 家畜とショーイベント編

さて、今回は世界最大の農業メッセ「Grüne Woche」報告の続き。
前回の報告「会場編」はこちらから→ ( ̄□ ̄;)
広いメッセ会場の一部には動物展示用のホールがある。
ここで毎年ドッグショーが行われたり、またGrüne Wocheでも家畜の展示と、そしてイベントのためのアリーナが設置され、私達の行ったこの日、そこでは牛の品評会と馬のイベントが催されていた。
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繁殖組合の展示は無角ヘレフォード種牡。
WARGOL君、1420kgとな。
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その隣には取り巻きの乳牛達。
特設牛舎は現場と同じ作りが再現されている。
Grüne Wocheはそもそも農業メッセだが、農業関係者達だけが対象なのではなく、一般消費者への農業の啓蒙活動としても大事な場である。
牛・豚・馬・羊・ロバ・家禽などあらゆる家畜が会場内に現場と同様に再現された畜舎で展示され、来場者がこれらの動物を直接目にすることでまさにメッセは「from stable to table(畜舎から食卓まで)」を啓蒙している。
乳牛はもちろん朝晩会場で乳も搾られ、それぞれの動物の説明などは専門繁殖家達が対応をしている。(そもそも展示してあるブース自体が繁殖協会などのものだし)
しかもこれらの動物は「メッセのための展示」としてそこにいるわけだから、展示中の動物達が虐待されたり負担がかからないよう、ウェルフェアの面も動物保護団体によってチェックされ、後日厳しい評価とともに公表されるのである。
さて、となりのホールの特設アリーナではドイツ産のUckermärkerというマイナー品種の品評会が催されていた。
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Uckermärkerはフレックフィーとシャロレーを掛け合わせて作られた、ブランデンブルグ州とメックレンブルグ-フォアポメルン州で飼われている肉牛品種。
小振りだけれど、性格がよく環境変化への適応能力も高い上、出荷時の肉比率が高いと評判の品種だ。
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デモンストレーションなんかじゃなくて、本当の品評会。
活気があっていい!
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冬毛を刈られたハーフリンガー馬(チロル産のポニー)のお尻にハートが刈り残されていた。
愛嬌だね。(啓蒙だからね)
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またもや乳絞りダミーに引っかかる子供達。
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昼寝中のSattelschwein子豚。(これもドイツ産、英語ではサドルバックとも呼ばれる)
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Bio飼育では足元は藁、そして断尾もしないのよ。
※ 大型養豚場で豚の断尾をするのは狭い環境での飼育ストレスから来る「尾齧り」を防ぐためのただの対症療法、生後3日以内に麻酔なしで切り取られる。しかし、飼育環境を自然なものに変え、ストレスの原因を取り除くことで不必要な断尾は回避される。
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家畜から採れるウールの数々、手前からロバ(!)、アルパカ、ラマ、羊。
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原毛を洗って、紡ぐと毛糸が出来る。
昔ながらの手紡ぎの実演、子供達もそれぞれ自分たちで体験。
さてさて、再びアリーナに戻ると今度は馬のショーが始まっていた。
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ハンガリーの騎馬隊による歴史劇。
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アイスランド・ホースのデモンストレーション。
アイスランド・ホースは馬の中でもTöltと呼ばれる独特の特別な歩行をする珍しい品種、写真のように片側の前後両足が同時に出る。
そのせいか、乗り心地は極めて滑らか、まるでトイレに座っているかのようだ。
が、これはこれでけっこうなスピードが出る。
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ウェスタン・ライディングのデモンストレーション。
続いて、この日最後のプログラムはトライアルレース。
重量級の冷血種がワゴンを引いてコースを走り、タイムを競う。
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目の前を通り過ぎてゆく時に伝わる振動も楽しい。
見えるだろうか?ワゴンの両脇においてある赤いパイロン、その2つのパイロンの間を馬はワゴンを引いてゆかなければ減点となる。
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ロバは走る!というより、結構好き勝手なテンポでトロトロ。
やっぱり、ロバだ。
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トリはたてがみのゴージャスなSchwarzwälder種の引く時代物。
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アリーナの横で待機中だったSchwarzwälder種、前見えますか?
瞬く間に時間が過ぎて行った。
とまあ、メッセイベントのほんの一部を紹介したまでに過ぎないが、やはり「さすが農業大国ドイツ」と言わざるを得ない、そんな農業メッセだ。
こんなのが毎年1月後半に10日ほど開催される。
※ ちなみにドイツの肉製品自給率は100%を超える、肉製品の輸出国でもある。
今年は41万5千人の入場者でにぎわったこのメッセ、多くの人がこうして間近に動物を感じることが出来るのを見ていると、この国がどうして動物保護や自然保護に熱心なのか、そんなの当たり前のような気がする。
農業関係者、農業好き、動物好き、そして食に関心のある方はぜひ一度足を運んでいただきたい。
きっと、何かしらの感銘を受けるはず。
それがこのメッセの狙い、「啓蒙」なのである。
食を大切にするならば、その足元も大切にするべし。

Gruene Woche 2011 会場編

世界最大のアグリカルチャーメッセ「Grüne Woche」が今年もベルリンの国際メッセ会場(ICC)で開催された。
毎年ながら会場全てを使い、農業から食品、ガーデニング&エコまで、とにかく土と動物と自然に関係のあるものなら何でも出展されているといってもいいメッセである。
なにしろ会場が広いから、たった一日では回りきれない。
今年もだいたいの目星をつけて、お目当てのブース目指して会場内を突っ走った。
が、今年は友人獣医師とそれぞれの子供を連れて行ったものだから、突っ走った方向は必ずしも目的方向を向いているというわけではなく、かれこれ4時間ほど彷徨ったあげくにようやく目的地に辿り着くことが出来た、というわけ。
まあ、気持ちだけ突っ走ったつもりで。
以下に会場内放浪の軌跡を綴っておこう。
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南ドイツ・シュヴァルツヴァルドのブースには民族衣装のボンボン付き帽子が。
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ドイツビール協会のブース。
全部銘柄の違うご当地ビールが並ぶ。
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インド系食品のコーナー。
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昼食時にあたったせいか、やたらと混み合っていた。
スザンネの希望によりベトナム料理のブースで私達も昼食をとった。
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トルコの焼き菓子。
美味いけど、甘い!
今年の入場者数は41万5千人を数えたこのメッセ。
いろいろな国のいろいろな食品メーカーが今年も所狭しと並んでいたが、今年ばかりはなぜか日本の食品メーカーは出展がない。
こんな大事な商談の場である国際メッセを逃すなんて、いったいどうしたことだ?
すくなくとも数年前には日清やヤクルト、アサヒビールに紀文と複数のメーカーがならび、それぞれドイツ国内での市場をしっかり確保するという好成績を挙げていたはずなのに。
昨年はそれでもどこかの緑茶メーカーがプレゼンしていた。
んで、今年は?
がんばれ日本。
さて、インターナショナル食品の部でしっかりと腹ごしらえをすませた後は、Bioマーケットの部へ。
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GEPAのカカオとコーヒー、Bio&フェアトレード。
カカオもコーヒーも、産地では労働者がとにかく酷使されているのが問題。
産地では年端の行かぬ子供までが収穫に関わり、収穫物は経済国に安く買い叩かれている現状だ。
折しもバレンタインデーとかで、チョコレート業界は掻き入れ時なのだろうけど、だからせめて「フェアトレード」で労働に見合った正当な報酬を彼らが得られるよう、経済国の消費者として気に留めていたい。
どんなに美味しいチョコレートやコーヒーでも、生産者が買い叩かれているかと思うとどうもね。
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同じくBioでフェアなコーヒーを提供するRegenwaldkaffeeのコーヒーを頼んでにっこりの友人スザンネ。
私もBioでフェアなLatte Macchiatoを飲みながら、途中でハチミツ屋に引っかかって試食のあげく2瓶購入、その後農業省のBioブースに引っかかり...子供たちは子供たちで牛の模型に引きつけられていたり。
それでもゆっくり見ている時間もなく、ただ来年に希望を託す私。
そんなこんなで、ようやく目的の体験農場のコーナーに突入〜!(ぜぃぜぃ orz)
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左手に政府のリスク分析評価機関(BfR)のブース。
ちょうどダイオキシン汚染卵事件があったことから、消費者向けに「食品の安全基準についての一般知識クイズ」なるものを行っていた。
全問正解すると景品がもらえる。
スザンネはBfRネーム入り食器布巾(かなりベタな景品)、私はチビラの牛のイラスト付きランチボックス(これもBfRネーム入りのベタなヤツ)をゲット。
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そのブースの前にある乳搾り体験用のゴム乳房で苦戦中のスザンネの息子トム。
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農場のジオラマ。
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実はリモコン操作でトラクターを動かし、土を耕すことができる。
大人ばかりが夢中になって遊んでいたぞ。
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連邦臨床獣医師会のブースでチビラは吹き矢を初体験。
私はこの向かいにあったOIE(国際獣疫事務局)のブースで、今年全世界で展開する獣医大学発祥250年記念イベント「世界獣医年」の広報にあたっていた恩師に遭遇。
いやはや。
子供達に「世界獣医年」のロゴ入りTシャツとエコバッグをもらった。
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かっこいいトラクター達、でかい。
もちろん試乗もできる。
この他、乳牛用の畜舎の展示(牛付き)や豚舎の展示(豚付き)などもあるのだけど、これは次回にまとめてお話しすることに。
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ジャガイモの新旧品種コーナー。
ジャガイモのそれぞれの品種には「アレクサンドラ」とか「プリンセス」とか女性の名前がつけられているのが面白い。
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んで狩猟協会のブース周辺には、
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キツネの一行をはじめ、イノシシ家族も。
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ここでも子供向けに「ハンタークイズ」を実施。
またもや全問正解で、どんどん景品が溜まってゆく私達。
ここの景品の中身は野山を歩く時の『自然ガイド」、獣の足跡とか習性とかいろいろ知識が載っている小冊子+バッジやらぬりえやら。
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んでもって、小さなチーズ工房のチーズ販売。
ヒジョーに後ろ髪を引かれつつ、次へ。
つづき →「家畜とショーイベント編」

突然の

日本から帰ってきて5日目、溜まりきっていた課題の片付けがようやく終盤に差し掛かったある日。

いつものようにチビラを学校に送り、いつものようにその足で森に行き、いつものように帰ってきて、いつものようにいぬめしをかっ食らっていつものようにチビラ部屋のソファでヘソ天になっていたボダイ。

いつものように気配を消して寝ていたはずのそのボダイが、PCに向かってボチボチと仕事をしている私のところへ何気にとぼとぼとやってきて、そしてよろけた。

頭を下げ、はあはあと荒い息をしながら後肢を左右に踏ん張っている姿の不自然さに加え、ものすごい速さの心拍で体が震えている。

事の異常に気づき、脈を測ると200に近い。
脈を測る途中で力なく崩れ落ちるボダイの口の粘膜は血の気を失い軽いショック状態に陥っていた。
頭を持ち上げてもダラリとなすがままのボダイに慌ててバッチフラワーレスキューレメディを垂らし、体を擦ると少し粘膜の色が戻り、ようやく頭を軽くもたげた。

運良くその日は休みであった主人にボダイを抱えてもらいその後は取るもの取りあえず病院へ直行。
心房粗動(頻脈)のため24時間心電図観察に対応している大学病院へ救急で担ぎ込み、心電図、エコー、
レントゲンを急いで取り、そしてそのまま、別れもままならぬうち、あれよあれよという間に病棟へと
連れて行かれてしまったボダイの後姿を見て急激に不安に襲われた。

もし、このまま帰ってこなかったら...

とりあえずのリドカイン投与により一命を取り留め、でも果たして本当に戻ってくるだろうか?

入院手続きを行ったときの担当獣医師はアラブ人だった。
だからというわけではないが、説明がぶっきらぼうで、「薬を投与しても死ぬときは死ぬ」といったような説明を受けたとき、よりによってなんてヤツに当たってしまったのだと、怒りと同時に情けなさがこみ上げた。
言い方にムカついたので、「他に言い方はないのか」と軽く言い返したら「他の病院に行ってくれてもいいんだ」と言われた。

この担当獣医師の言葉にチビラは涙をボロボロこぼしながら大泣きした。

家に帰って、チビラ部屋のソファを見てもボダイはいない。

その日の夜遅くに担当獣医師から電話が入り、血液検査の結果を知らされた。
画像診断では心臓にも内臓にも特に異常は見られなかったことと血液検査の結果から、感染症あるいは中毒症状ではないだろうかと疑われた。
とりあえず落ち着いているが予断は許されない、と再度アラブ人は言った。

それからというもの眩暈と頭痛に襲われ、その晩はとても眠れなかった。

翌朝早くに目が覚めて、チビラ部屋のソファを見てもボダイはいない。

涙が出た。

分かっているけど、部屋のどこを探してもボダイはいない。

もう、ボダイは帰ってこないのか?

後悔の念と寂しさと不安に涙が止まらなかった。
突然別れるなんてこれっぽちも予定していなかったから。

分離不安の強いへタレなボダイの性格からすると、きっと入院自体が精神的なショックを与えるに違いない。
どうせ他所のメシなんぞ口にしないだろうから、うちのいぬめしと一口大に切った犬ソーセージを持って病院へ行く準備をした。

喉元が詰まり何も入らない朝食を終え、家族で大学病院に向かう途中で主人が「ボダイを連れて帰ろう」と言ったが、「たぶん無理だよ」と飼い主モードの私とは裏腹に、獣医モードの私がそう答えた。

幸いにも週末の当直は心臓専門獣医師である同級生だった。
心の優しい彼女のことだから、きっと細かく面倒を見てくれるはず、そう自分に言い聞かせる私に同級生獣医師は状況を詳しく説明してくれた。

その時は点滴投薬がまだたった一晩で、投薬を外すとすぐに状況が悪化することから面会できず、彼女に気持ちを伝え、いぬめしを渡して帰宅した。

私の眩暈と頭痛は続き、夕方になって急激に眠気に襲われ、そしてベッドに倒れこんだ。

入院3日目、チビラと一緒に病院へ。
救急で多くの動物たちがやってくる中、待つこと2時間。
波が引いた頃に同級生獣医師が突然ボダイを連れて待合室に入ってきた。

私達の姿を見て、キューキュー泣くボダイ。
喜びを全身で表し、尻尾がプロペラのように廻っている。
ボダイは喜んでいるものの、足取りは少しふらつき気味、少し痩せていた。

数時間前に点滴投薬を止め、経口投与に切り替えたとのことから、敷地内の森を散歩することにした。

とても疲れた顔をして、芝生に着いたらすぐに座り込んで秋風の中の馬の匂いを嗅ぎ取っていた。

採血やエコーのためにあちこち毛を刈られた跡はあるものの、生きたボダイにまた会えた、ただそれだけに感謝したかった。

ボダイに面会できてはしゃぐチビラ。
傾きかけた秋の日を浴びながらボダイと一緒にいる時間をただ安堵として受け止めていただけの私。

「明日は一緒に帰ろうね」
そういってまた病院へ戻った。
病院の玄関に迎えに出ていた看護士のお姉さんの姿を見て、ボダイが少し尻尾を振った。
どうやらそんなに悪い待遇は受けていなさそうだ。

気がつくと眩暈と頭痛はいつの間にか消えていた。

何しろ自分が在学中にはこの大学病院で実習をしていただけに、裏の事情にはいまひとつ疑いが付きまとう。
できることなら大学病院への入院だけは避けたいと思っていたが、我が家の周辺では24時間心電図観察下に置くことが出来る施設はここしかなかった。
車で5分の場所に大学病院があるんだから、他の人にとってみれば贅沢なものだ。

早くに異常に気がついたこと、大学病院が近くだったこと、当直が心臓専門獣医師だったこと、それでもなにかと幸いは続き、4日目にボダイは退院して自宅治療に移った。
退院の際に再びアラブ人獣医師から説明を受けることになっていたので、改めて同業者であることを告げた。
ただ詳しい説明が欲しかっただけだった。

案の定、アラブ人獣医師はとたんに入院時のデータをすべて公開し、手のひら返したように細かな説明を始めた。
そして「母国(シリア)にいるサイトハウンドは凶暴だったから、怖かった」と聞きもしないことを白状してくれた。
「でもボダイは信じられないほどいい犬だった」とアラブ人獣医師は付け加えたが、私にとっては当然のことだった。
ボダイがこの獣医師にどんな扱いをされたかは知らない。

それよりもどうやら頻脈発症以来ボダイの心筋は若干の障害を負い、数日のうちに初期の拡張型心筋症(DCM)に発展していた。
退院直後は投薬にもかかわらず心臓の収縮力が弱く、通常の3分の1程度しかなかった。

入院中はとにかくなにも受け付けなかったのだろう、帰ってきてから1週間、ボダイが唯一欲しがる肉だけをひたすら腹いっぱい食べさせ続けた。
闘病のエネルギー源に使われ落ちてしまった筋肉を補うためボダイの体が欲していたのだと思う。
その肉に含まれるタウリンやL-カルニチンは何よりもDCMに効果的である。

退院の3日後からは所用で私一人遠出をすることになっていた。
しかし、このままボダイを置いてゆくわけには行かず、車に乗せて連れて行った。
私が用事を済ませている間、車内後部のボダイスペースで安静を強要されていたボダイ。
私の姿が見えなくなる毎に遠吠えをして訴えていたものの、心臓は落ち着いていたようだった。

そして今、12日前の出来事が幻であったかのようにまた元気なボダイに戻った。

今後はDCMの経過を負ってゆかねばならない。
しばらく長期で薬の世話になることになる。

しかし運も実力のうち、ボダイはきっと聖人フランシスコの加護にあったに違いない。
退院した日は聖人フランシスコの命日(世界動物保護デー)だった。

ボダイが再び我が家に生きて戻れたことはなにより聖人からの贈り物であろうと思いたい。

いつかは必ず別れなければならない時が来る。
その日まで、大事に一緒に暮らしてゆこう。

毎日一緒に散歩が出来る、手を伸ばせばそこにいる、それだけでもすばらしいと思う。

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ヘソ天、万歳。